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2012年は、1月4日からフル稼働することに決めていた。事実、今日もこうして事務所で「仕事」をしている。仕事は決して趣味ではないが、様々な人達と交わり、人間的に成長し、生活を支える基礎となるといった意味で、極めて尊いものである。仕事の内容は何でもよい。とにかく、クライアントの顔を思い浮かべ、寄り添うことだ。「志事」と書く人もいるが、よく言い当てている。ってなわけで、2012年は、今まで以上に仕事に精進する。 ![]() 2011年も、既存・新規を問わず、様々な人々と交流した過程で、様々な知識・教養の仕入をした。無論、趣味の音楽に関してもインプットだけは継続的にしてきた。しかし、今にして思うと、12月3日までは、「アウトプット」をしてこなかったように思える。自分の体の内から全身全霊をかけて行うアウトプットを。 受験勉強の例が分かりやすいと思うのだが(T教授は御経験がないだろうが)、インプットばかりやっていたのでは、合格はおぼつかない。しかも、こなしきれないほどの参考書等に手を出し、ヤマの所在に付和雷同するようなやり方では、安定的な実力は身につかないし、本番でパフォーマンスを発揮できない。重要なのは、薄いテキストを反復継続して回し、情報を自分のものにし、アウトプット(問題を解く)ことだ。これは、人生においても同様であると考える。 音楽を通して、全身全霊をかけた人生のアウトプットを行った12月3日以来、仕事もプライベートも充実している。そして、大震災はあったものの、2011年を幸福を噛みしめながら間もなく終え、2012年を迎えようとしてることを、感謝の気持ちをもって実感している。 写真は、K義塾大学商学部T研究会のT教授とそのゼミ生だ。2011年12月29日、目黒区三田の某所で、T教授やゼミの仲間とこのような時間を過ごせることは、いかにT教授に突っ込まれようが流されようが、幸せ以外の何物でもない。しかも、おいしい酒と料理とともにだ。こういう事を「贅沢」と言う。Wikipediaには載っていない。 今年は全く「年末」という感じがしない。12月に新たな「事」が始まったからだ。 最近は、ゴールデンレトリバーがお爺ちゃんとその孫を助けたことや、ブータン国王夫妻が来日したことといったほのぼのとするニュースがある半面、2件の企業不祥事、Trans Pasific Partnership問題など、どうも世の中が落ち着かない。余震も結構ある。そんな落ち着かない世の中を反映しているかのように、殊に巨大都市東京では、人々は目先の快楽を求め続けるのであろうか。目先の快楽では、真の満足は得られないというのに。本日は、趣味の車の仲間と、今年のLast Touring。千葉県富津市を訪れた。海に面した公園からは、東京や横浜を一望できる。Sky Treeが誇らしげだこと、誇らしげだこと。田舎に行けば分かるが、東京は狭い。その狭い東京で、様々なことが起きているに過ぎない。遠くから見れば、狭い東京に烏合の衆がいて、なんやかんややっているに過ぎない。いや、それはそれでよいのである。それが個々の人生。自分もその一人。 人はみな、自分が一番だと思っている。いや、そう思いたい。しかし、間違ってはいけないのは、「人との比較」で順位付けすることだ。人と比較している限り、自分を受け入れることはできない。人と比較しないで、自分を認めてやればいいのだ。「自分はこれでよい。」と。いつもいつも「自分」というものに固執する必要はないし、いつも固執していると他者と衝突が起きる可能性があるが、ここぞという時は、自分の胸に手を当て、自分が何を望んでいるか、正直な気持ちを自分に聞いてみればよい。
◆EBJ Jazz Trio
◆2011年12月3日(土)18:30~ ◆スタジオSKホール 〒166-0011 東京都杉並区梅里1丁目7-7 ![]() 本日は野口英世が生誕した日だ。思えば、小学生の頃、野口英世の伝記を読む度に涙したものだ。野口英世はさることながら、母シカの存在は、涙なしでは語れない。特に、文盲であったシカが、英世に宛てて書いた手紙からは、彼女の信念というか、人間的なパワーのようなものを感じる。英世が世界の偉人にまでなったのは、数々の逆境を乗り越えたからである。換言すれば、逆境にあっても、努力、人との出会いにより、無限の可能性がある。そんなことを、英世は教えてくれる。元プロボクサーの坂本博之も、逆境を乗り越えた者の一人だ。彼の人生も涙なしでは語れない。児童養護施設で育った彼は、まるで現代のタイガーマスクのようだ。彼はどんな逆境にあっても腐らなかった。児童養護施設に入る前は、弟とともに親戚の家に預けられたそうだが、ろくに食事を与えられず、玄関にタオルを敷いて寝ていたそうだ。空腹の弟のために、ザリガニを採って焼いて食べたりしたらしい。そして、ボクシングに出会った。 本日のGoogleは気のきいたことをしてくれたものだ。お陰で野口英世を思い出し、彼の人生に思いを馳せることができた。
人は、優れているほど多くのまちがいをおかす。優れているほど新しいことを試みる。
成果とは百発百中のことではない。百発百中は曲芸である。成果とは長期のものである。成果とは打率である。
プロたるものは、顧客に対して、必ずよい結果をもたらすと約束することはできない。最善を尽くすことしかできない。しかし、知りながら害をなすことはしないとの約束はしなければならない。
組織が果たすべき最大の貢献、すなわち最大の社会的責任とは、自らに特有の機能を果たすことである。
リスクを皆無にすることは不毛である。最小にすることも疑問である。得るべき成果と比較して冒すべきリスクというものが必ずある。
経済活動とは、現在の資源を未来に、すなわち不確実な期待に賭けることである。経済活動の本質はリスクを冒すことである。
意思決定が存在しうるのは、現在においてのみである。
目標は、実行に移さなければ目標ではない。夢に過ぎない。
優先順位が必要である。あらゆることを少しずつ手がけることは最悪である。
利益とは、未来の費用、事業を続けるための費用である。
清算生徒は難しいコンセプトである。だが、それは中心となるコンセプトである。生産性の目標がなければ方向性を失う。コントロールもできなくなる。
事業の定義があって初めて、目標を設定し、戦略を発展させ、資源を集中し、活動を開始することができる。
ほとんどの企業が少なくとも二種類の顧客を持つ(例 カーペット業者は建築業者、住宅購入者という二種類の顧客を持つ)。
顧客にとっての関心は、彼らにとっての価値、欲求、現実である。
①利益は成果の判定基準である。
②利益は不確定性というリスクに対する保険である。 ③利益はよりよい労働環境を生むための原資である。 ④利益は、医療、国防、教育、オペラなど社会的なサービスと満足をもたらす原資である。
イノベーションとは、発明のことではない。技術のみに関するコンセプトでもない。経済に関わることである。
・マーケティング(顧客の欲求からスタートする)
・イノベーション(新しい満足を生み出す) ・生産性(ヒト、モノ、カネ、知識、時間、プロダクトミックス、プロセスミックス、自らの強み、組織構造)
顧客が価値を認め購入するものは、財やサービスそのものではない。財やサービスが提供するもの、すなわち効用である。
コピー機やコンピュータへの欲求は、それが手に入るようになって初めて生まれた。イノベーション、広告、セールスによって欲求を創造するまで、欲求は存在しなかった。
企業の目的は、それぞれの企業の外にある。企業は社会の機関であり、その目的は社会にある。企業の目的の定義は一つしかない。それは、顧客を創造することである。
スティーヴ・ジョブス氏の訃報は、フランス在住の友人TMのFBの記事で知ったわけで、TMとはFBを通じてやり取りをさせて頂いているわけだが、TMとは高校の吹奏楽部で知り合い、音楽を通じて熱い青春時代を送ったものだ。記憶に残る名曲は枚挙に暇がないが、秋ということもあり、このJAZZの名曲でTMの記憶を掘り起こしたいと思う。異国の地で家庭を築き、異国の地で職を持つTMは、なんとたくましいことか。大変励みになる。折を見てまた訪問させて頂きたい。 スティーヴ・ジョブスが亡くなった。その訃報を知って真っ先に脳裏をよぎったのが、スタンフォード大学の卒業式におけるスピーチだ。久々に観てみたが、いつ観ても涙が出る。そういえば、一番最後に観たのは、ベトナムで奮闘していて大変だった頃だ。その時も涙が出た。「(後になってから)点と点が結ばれる(結びたいと思っても結べない)」「愛することと失うこと」「死」という3つの話をしてくださった。詳細は動画を観て頂きたいが、やはり、自身の経験から絞り出された話は、説得力が違う。スタンフォード大学の卒業生への「響き方」「響く深度」はそれぞれだろう。しかし、一つ言えるのは、様々な事を経験すればするほど、彼の話がより心に響くことだろう。 このスピーチにおける彼の名言は枚挙に暇がないが、「Keep looking, don't settle.」「Stay hungry, stay foolish.」だけはここに記載しておこう。 スティーヴ・ジョブス様、私は大学生の頃はMacユーザーで、現在はiPhoneを使っています。本日改めて、マーケティングとイノベーションの意味を再認識しました。どうもありがとうございました。御冥福をお祈りします。 ![]() 一、旭輝く日の本の 光栄(はえ)ある今日のそのもとは 義人烈士の功績(いさおし)ぞ 忠孝仁義の大道を 貫く至誠あるならば 天地も為に動きなん 二、世界にきおう列強と ならびて進む帝国の 基礎(もとい)は堅忍力行ぞ 花朝月夕つかのまも 古人に恥じぬ心して ゆめ怠るな一千人 これは某高等学校の校歌である。一部左寄りの教諭・生徒の抵抗がないわけではないが、当時の時代背景や政治思想を超越した趣旨を考慮するならば、現代にも通じる、非常にためになることを謳っている。 恥ずかしながら、先月上旬に開催されたソフトボールの試合で左足の筋肉及び神経を痛めて以来、どうにもこうにもままならない状況が続いていた。「痛み」というものは人間の精神を疲弊させ、行動を制約する。「病は気から」というがその通りで、痛みによって疲弊した精神力では、行動にダイナミズムが無くなり、それによって精神がさらに疲弊する。幸い、東洋医学と西洋医学の両者の力を借りて、現在は収まりつつある。 怪我の功名と言ってよいのだろうか、改めて「心身共に健康」であることの尊さを認識し、まずは数週間の後退からの立て直しと、その延長線上にある飛躍に、今取り組んでいる。そもそも、ソフトボールを満足にできないような体でありたくない。精神の源は身体、身体の源は精神。人の力を借りつつも、元はすべて自分がそれらを左右する。 「至誠一貫」・「堅忍力行」の精神で、この時代を乗り切っていく。 お陰様で、無事に37歳の誕生日を迎えることができた。今月上旬のソフトボールの試合で痛めた足が疼くのが頂けないが、FBの功績に負うところ大きく、たくさんの方々から祝福のメッセージを頂いた。心から感謝申し上げる。さて、人はそれぞれ、他人に簡単には言えない何かを抱えながら生きているのが通常である。一見すると順風満帆に見え、人が羨むようなものを持っていたとしても、それはその人の一面に過ぎない。人は、関与している他人の数だけ出来事があり、ドラマがある。また、将来は「今」という点の積み重ねであり、さらに、単純な積み重ねではない以上、将来のことは誰にもわからない。しかし、「今」の積み重ねが将来の事象を招くのだから、「今」から「過去」を振り返れば、これまで自分が歩んできた「今」が現在の状態を作っているということは、およそうなずけるであろう。 「今」も「将来」も、大切なものは、「心身共に健康であること」と「人(出会い)」である。この2つがある限り、人生は色々な意味で面白いものだ。いざという時の瞬発力のために心身を鍛えておき、しかるべき出会いに備える。その繰り返しと、それができないことの繰り返しで、人生は成り立っているように思える。
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